研究内容

T細胞記憶とT細胞疲弊の分子メカニズム

図3 記憶T細胞分化モデル(仮説)


T細胞分化モデル

 T細胞分化のモデルとして、2つの仮説があります(図3)。一つは、ナイーブT細胞が活性化して、エフェクターT細胞となり、大部分は細胞死に至りますが、一部が生き残って記憶T細胞(memory T cell)になるというモデルです。もう一つは、ナイーブT細胞からエフェクターT細胞をへずに直接メモリーT細胞に分化するというモデルです。

 T細胞分化の代表的な実験モデルとして、LCMV感染があります。LCMV Armstrong株による急性感染では機能的なメモリーT細胞が形成されますが、LCMV Clone 13株による慢性感染では、抗原による持続的なTCR刺激によってT細胞が疲弊し、機能不全な疲弊T細胞(exhausted T cell)になります。慢性感染症のほか、腫瘍でもT細胞疲弊が生じます。疲弊T細胞はPD-1を発現することから、PD-1が機能不全の一因と考えられていますが、PD-1阻害剤を投与しても、一部の疲弊T細胞しか回復しません。

 T細胞分化の制御については、 1980年代はサイトカイン、1990年代は転写因子、2000年代はエネルギー代謝、2010年代はエピジェネティクスという大きな研究の流れがあり、近年ゲノムワイドな解析により研究が加速していますが、T細胞の記憶形成とT細胞疲弊のメカニズムについて完全な理解には至っていません。


今後の研究の展開

 以上のような免疫チェックポイント阻害剤の問題点や、免疫記憶に関する研究の現状を踏まえて、私たちの研究室では、免疫チェックポイント阻害剤の効く人を見分けられる診断法や、効かない人に対する新たな治療法の開発に取り組んでいます。特に記憶T細胞の誘導は、免疫チェックポイント阻害剤の治療効果や新しい治療法の開発の鍵になると考えています。

 免疫応答には個人差があります。新型コロナウイルスにかかって、重症化する人もいれば、無症状の人がいるように、がんに対しても、自己治癒力の高い人もいれば、無反応の人もいます。ワクチンの原理となる免疫記憶に関しても、長期間安定して続く人もいれば、すぐに記憶がなくなってしまう人もいます。

 本研究室では、1)抗体の寿命(分解とリサイクリング)、2)免疫学的記憶に着目して、抗体医薬に対する感受性の違い(個人差)がどのように生まれるのか、そのメカニズムを解明したいと思っています。さらに免疫記憶の分子基盤を明らかにすることによって、患者さん自身が、がんや感染症に対して、記憶T細胞を作り出す力を高めるような新しい治療法を開発したいと考えています。

 これらのメカニズムを解明できれば、万人に同じ方法で治療を行うのではなく、それぞれの体質に合ったオーダーメイドの良質な医療を提供することが可能になるのではないかと考えています。