研究内容
がん免疫療法および診断法の開発
図1 ノーベル財団による2018年ノーベル医学生理学賞発表 (2018年10月1日)
写真は岩井によるがん転移実験のデータ(抗PD-1抗体を投与するとがんが著しく抑制された)。右上は本庶佑博士。
免疫チェックポイント阻害剤ニボルマブ(抗PD-1抗体)の開発 (本庶研究室にて)
病気の原因を解明したり新薬を開発できれば、より多くの人を救うことができます。私は、医師を辞めて、研究者を志し、本庶佑先生の研究室で研究を開始しました。そのころ本庶研では、長い間機能不明だったPD-1遺伝子が、免疫系のブレーキ役として働いていることが明らかになりつつありました。自己反応性のTリンパ球は胸腺で大部分除去されますが(中枢性免疫寛容:central tolerance)、一部は逃れて末梢に出てきます。PD-1欠損マウスの実験により、PD-1が末梢組織でT細胞の活性化を抑制して(末梢性免疫寛容:peripheral tolerance)、自己免疫疾患の発症を防いでいることが解明されつつありました。
けれども、当時はPD-1のリガンドも、生体内における局在も不明でした。そこで、PD-1による免疫抑制のメカニズムを解明するため、私の研究テーマは、PD-1蛋白質の大量精製を行って、1)PD-1のリガンドを探すことと、2)抗ヒトPD-1モノクローナル抗体を作ること、になりました。このとき作った5種類のPD-1抗体の一つが完全ヒト化されて、後のニボルマブになりました。
一方、リガンドの探索中に、PD-1リガンドががんやウイルス感染細胞に発現することに気づき、PD-1シグナルががんやウイルスに対する免疫応答を抑制することを世界ではじめて示しました。さらに共同研究によって、2つのリガンド(PD-L1, PD-L2)が同定されました。
ここから先の研究で苦労したことがあります。それは「CTLA-4」の壁です。PD-1とCTLA-4はCD28ファミリーに属する免疫抑制受容体でT細胞に発現し、共抑制分子(co-inhibitory molecule)として、T細胞の免疫応答を負に制御します(当時はまだ「免疫チェックポイント分子」という言葉はありませんでした)。PD-1より早期に発見されたCTLA-4の研究は常に先行していて、1996年にAllison博士によってCTLA-4抗体による抗腫瘍効果が報告されていました。このため、PD-1で似たような研究をしても二番煎じの状態でした。
ここから逆転するには、CTLA-4抗体に対する優位性を示すしかありません。そこで私は、①CTLA-4抗体では治らないがんがあること、②CTLA-4抗体は自己免疫による副作用が大きいこと、③CTLA-4抗体のがん転移における効果は不明なことに注目して、CTLA-4抗体単剤では治療効果のないB16メラノーマ腫瘍細胞を用いて、がんの転移実験を行いました。結果は驚くべきものでした(図1) 。メラノーマが肝転移を起こすと肝臓は黒く腫大しますが、PD-1抗体を投与すると、転移は起こらず、肝臓は白いままでした。この白い肝臓をみてこれはひょっとしたらすごい薬になるかもしれないと思いました。さらにCTLA-4抗体でみられるような副作用もありませんでした。この白い肝臓の写真は、2018年10月1日のノーベル財団によるノーベル生理学医学賞発表記者会見で紹介されました。
いつか自分の研究が医療の役に立つことを夢見て研究の道に飛び込みましたが、思いがけなく早く夢が実現して驚いています。開発したお薬によって多くのがん患者さんの命が救われるのを見て、研究者としてこの上ない幸運と喜びを感じています。
(文責 岩井佳子)
図2 PD-1抗体の作用機序
2002年の論文(PNAS)では、がん細胞のPD-L1がT細胞上のPD-1に結合してブレーキをかけることにより、宿主の免疫監視から逃れることを示した。
2005年の論文(Int Immunol)では、がん細胞にPD-L1が発現していなくてもPD-1阻害による抗腫瘍効果があることを報告した。PD-L1はがん以外の正常な細胞にも発現してT細胞活性化を抑制する。この論文はノーベル賞key publicationに引用された。
免疫チェックポイント阻害剤の効果と問題点
T細胞免疫応答はウイルスや細菌などの感染症から生体を守るために重要ですが、いつまでも続くと炎症によって身体が消耗し、自己組織を傷つける可能性があります。PD-1は、免疫応答を終息させ、過剰な炎症反応や自己免疫応答を防ぐ働きをしています(自己免疫寛容:self-tolerance)。
一方、がんやウイルス感染細胞はPD-L1を発現することによって、T細胞にブレーキをかけて、T細胞の攻撃から巧妙に逃れています。抗PD-1抗体とはじめとする免疫チェックポイント阻害剤は、このブレーキを解除することにより、T細胞を再活性化して、腫瘍に対する免疫応答を強めます。
抗PD-1抗体ニボルマブは、2014年に世界に先駆けて本邦で新薬として承認されました。その後、悪性黒色腫に続いて、肺癌、腎細胞癌、ホジキンリンパ腫、頭頸部癌、胃癌などさまざまな種類のがんに適応が拡大しています。抗PD-1抗体は、他に治療法のない末期がん患者さんの20%~30%で効果があり、がん治療の革命を起こしました。けれども残念ながら70~80%の患者さんには効果がありません。
抗PD-1抗体の作用機序としては、すでに体内にがん特異的なキラーT細胞が存在している場合にはそれらの細胞を増殖させることによって効果を発揮します。けれども、がん特異的キラーT細胞を新しく作り出す部分は、患者さん自身の免疫力に依存しており、そのような細胞が体内に存在しない場合にはお薬の効果は期待できません。